ボーナス支給日が近づいています。会社員のほとんどの人が受け取るボーナスってそもそもどうやって生まれたのか気になりませんか?今日は日本独特のボーナス文化について、江戸時代から現代、そしてAIによる未来予測までざっくり整理してみました。
※挿絵はあくまでイメージで実際とは異なる可能性があります。
江戸時代(1603〜1868年):まだボーナスはなかった

江戸時代の武士には俸禄(年俸)、商人や町人には利益分配がありましたが、いわゆる月給やボーナス制度は存在せず、支給は米や物品が中心。臨時手当や正月の贈り物が、ボーナスの原型のような役割を果たしていました。
明治時代(1868〜1912年):近代給与制度の始まり

明治時代に入り、官営企業や銀行などで 月給制 が導入され始めました。ボーナスはまだ一般的ではなく、支給は現金の手渡しが中心。西洋型給与制度の影響で、現代の月給制度の基礎が作られました。
戦前〜戦後直後(1920s〜1940s):臨時手当の時代

戦前や戦後直後は、業績や会社の裁量で 臨時手当 が支給されることがありました。戦争や物資不足で給与は不安定でしたが、一部の企業ではボーナスの原型となる制度も見られます。支給方法は手渡しが主流で、現金や食料が中心でした。
高度経済成長期(1950s〜1970s):ボーナス文化の定着

戦後の経済成長期に、企業は利益を社員に還元するため「夏と冬のボーナス」を制度化。年功序列・終身雇用と相性が良く、ボーナスは生活設計や消費行動に直結する文化として定着しました。支給は現金の手渡しが一般的でしたが、一部銀行振込も開始されました。
バブル期(1980s〜1990s初頭):ボーナスが花開く

バブル期には、ボーナスは月給の数か月分に達することもあり、消費や投資の原資としても活用されました。銀行振込が主流になりつつも、現金手渡しも見られました。
バブル崩壊後(1990s〜2000s):多様化と縮小

経済低迷によりボーナスは縮小し、成果主義や年俸制の導入が進みました。支給は個人評価や業績に応じて変動し、ほとんど銀行振込で行われるようになりました。
現代(2010s〜現在):多様化が進む

現代では、月給+年2回ボーナスの形や、年俸制、月給にボーナス込みの制度など、多様な給与体系が併存しています。支給方法はほぼ全て銀行振込で、ボーナス文化は生活設計に重要な役割を持っています。
未来のボーナス制度予測

- 完全デジタル化・キャッシュレス支給
- 成果連動型・フレキシブル支給(個人希望に応じた受け取り方)
- 株式報酬や福利厚生パッケージとの統合
- 文化としての夏・冬ボーナスは残るが形は変化
未来は、ボーナスの内容も形もより自由で多様になると予想されます。



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