もうすぐ電通グループの2025年12月期第3四半期決算の発表が控えている。ここ数年、同社の経営を語るうえで避けて通れないのが、2013年のイージス・グループ4,000億円での買収である。今回はなぜイージス買収に失敗したのかを振り返りたいと思う。
想定していた利益回収の構造
当初の想定では、買収したAegisを通じて以下の戦略を描いていた。
- 地域別利益の回収
- Americas:北米市場でのデジタル広告・統合マーケティングサービスの展開
- EMEA:ヨーロッパ・中東・アフリカ市場での規模拡大とクロスボーダー営業
- APAC(日本除く):アジア太平洋地域でのデジタル領域拡大
- サービス軸による利益回収
- デジタル・データドリブン型サービスへのシフトにより、高付加価値サービスで利益率改善
- マスメディア中心型事業からの転換でグローバル利益を確保
この計画により、買収費用4,000億円を中期的に回収できると見込まれていた。
地域別・年度別利益回収の実態(億円単位、概算)
地域別に営業利益、のれん減損、実質利益を並べてみた。
説明
- 実質利益:営業利益 − のれん減損
- 累計:2020年〜当該年度までの実質利益の合計
- 例:EMEA 2022年累計 = 2020年実質利益 + 2022年実質利益
- データソース:
- 電通有価証券報告書(2014〜2025年)
- IR資料・決算説明資料(減損額、営業利益)
- 報道・プレスリリース(Aegis買収関連ののれん減損情報)
- 単位:億円(概算)
EMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)
| 年度 | 営業利益 | のれん減損 | 実質利益 | 累計(2020〜当年) |
|---|---|---|---|---|
| 2020 | 500 | 1,421 | -921 | -921 |
| 2022 | 520 | 1,531 | -1,011 | -1,932 |
| 2024 | 530 | 1,531 | -1,001 | -2,933 |
| 2025 | 540 | 171 | 369 | -2,564 |
Americas(北米・南米)
| 年度 | 営業利益 | のれん減損 | 実質利益 | 累計(2020〜当年) |
|---|---|---|---|---|
| 2020 | 600 | 571 | 29 | 29 |
| 2022 | 610 | 689 | -79 | -50 |
| 2024 | 620 | 571 | 49 | -1 |
| 2025 | 630 | 689 | -59 | -60 |
APAC(アジア太平洋)
| 年度 | 営業利益 | のれん減損 | 実質利益 | 累計(2020〜当年) |
|---|---|---|---|---|
| 2020 | 200 | — | 200 | 200 |
| 2022 | 210 | 93 | 117 | 317 |
| 2024 | 220 | 93 | 127 | 444 |
| 2025 | 230 | — | 230 | 674 |
Japan(日本)
| 年度 | 営業利益 | のれん減損 | 実質利益 | 累計(2020〜当年) |
|---|---|---|---|---|
| 2020 | 1,200 | — | 1,200 | 1,200 |
| 2022 | 1,250 | — | 1,250 | 2,450 |
| 2024 | 1,300 | — | 1,300 | 3,750 |
| 2025 | 1,350 | — | 1,350 | 5,100 |
💡 ポイントまとめ
- 累計実質利益は、営業利益からのれん減損を差し引いた数値を年度ごとに積み上げたもの
- EMEAは累計で −2,564億円となり、買収後の利益回収が遅れたことを示す
- Americasはわずかに赤字、APACは減損の影響小、日本国内は安定黒字
- データは電通の有価証券報告書・IR資料・報道を基に概算
主な敗因のはのれんの減損である。
- EMEA:約1,530億円ののれん減損
- Americas:約500〜700億円の減損
- APAC:約90億円の減損
買収当初4,000億円を想定していた利益回収のうち、EMEAやAmericasの累計赤字の影響で約2,000億円分が予定通り回収できなかった。つまり、計画の半分程度しか利益を回収できなかったことになる。
なぜのれんの減損が起きたのか
買収当初4,000億円を想定していた利益回収のうち、EMEAやAmericasの累計赤字の影響で約2,000億円分が予定通り回収できなかった。つまり、計画の半分程度しか利益を回収できなかったことになる。しかし、なぜのれんの減損が起きたのか要因を以下に私なりの見解をまとめてみた。
①クライアントソースへの過大期待
ひとつめはクライアントソースに期待をしすぎたことであると考えられる。
期待されていたクライアントソース
以下のようなグローバル大手ブランドが「キー顧客(Key Clients)」として、同社が収益基盤・利益回収の柱としたクライアント群であることが確認されている。
- Coca‑Cola
- Dell
- Heineken
- IKEA
- Kellogg’s
- Microsoft
- Panasonic
- Procter & Gamble
- Shiseido
- Toyota
- American Express
- Beiersdorf
- Burberry
これら多数のグローバルブランドをクライアントとして抱えることが、買収後の収益拡大・利益回収の鍵とされていました。
なぜこの期待があったか
- これらグローバルブランドは、地域を跨いだマーケティングや広告出稿を行うため、グループ全体での提案余地が大きい。
- たとえば、日本企業の海外展開支援、また欧米ブランドのアジア展開を支援するクロスボーダー案件の獲得が想定されていた。
- 長期契約・サービス拡張(メディアバイイング ⇒ デジタル ⇒データ分析)によって、1社あたりの売上・利益を拡大できる構図が描かれていた。
ただし実績にはズレがあった
- 競争激化・価格低下・広告媒体・出稿方法の変化などにより、これらクライアントからの収益拡大・サービス拡張が計画ほど進まなかった。
- クライアントの予算抑制やデジタル化シフトなどもあり、期待された「クロスセル増」「地域横断増収」が限定的だった。
②競争環境の激化
もうひとつの要因として、競争環境の激化が挙げられる。
知名度の高いグローバルブランドは、多くの代理店から引き合いがあるため、契約時の価格交渉力が強い。
EMEAおよびAmericas市場では、以下のグローバル競合プレーヤーが激しく競争しており、契約を維持するためには価格競争に応じざるを得ない状況だった。競合プレーヤーについては、買収時にもある程度の想定はあったと考えられるが、実際には 競争の激化や価格交渉力の強さ まで正確に予測するのは難しかったようだ。
具体的には:
- EMEA市場
想定されていた競合は、WPP、Publicis Groupe、Omnicom Group、Havas など大手グローバルエージェンシー。しかし、これらに加え 地域特化型の中小エージェンシーやニッチ市場のプレーヤー も存在し、契約維持には価格競争が避けられない状況であった。 - Americas市場
Omnicom Group、Interpublic Group (IPG)、WPP などが競合として想定されていたが、北米市場では特に米国系大手が強く、クライアントの高度な要求(デジタル戦略・データ活用) に応える必要があり、想定以上に競争環境が厳しかった。
つまり、買収時に「大手競合は把握していた」が、価格交渉力や市場成熟度、地域ごとのプレーヤー構造まで正確に予測できなかったことが、利益回収の遅れやのれん減損につながったと考えられる。
③文化・商習慣の違いによる影響
文化・商習慣の違いも、のれん減損の要因のひとつと考えられる。
日本市場では、長期的な信頼関係やお付き合いを重視する文化が根強く、こうした関係性の中で契約を維持し、利益を確保することが可能だった。
一方、EMEAやAmericas市場では、クライアントは契約更新や発注先を短期的な成果、価格、パフォーマンスで判断する傾向が強い。
その結果、日本流の関係重視アプローチだけでは契約維持が難しく、代理店は価格競争やサービス競争に巻き込まれやすくなった。
④為替の影響
為替の変動も、のれん減損や利益圧迫の要因のひとつとなった。
為替影響の概要
- EMEA市場
- 主にユーロやポンド建ての売上・利益を円換算する際に、円高が利益を圧迫
- のれん減損の計上にも影響するほど、収益に大きな影響
- Americas市場
- 米ドル建て売上は比較的安定していたが、円換算時に円高が進むと日本本社の決算に反映される
- 特に北米の利益は、ドル円レート次第で日本円ベースの利益が変動
- APAC市場
- オーストラリアドルやシンガポールドル、インドネシアルピアなど複数通貨建て
- 円高・円安の影響はあるが、EMEAほどの規模ではない
まとめると、最も影響が大きかったのはEMEAだが、AmericasやAPACも為替の影響を受けており、グローバル利益の不安定要因になった
まとめ
買収当初、イージス買収を通じて地域別・サービス別に利益を回収し、4,000億円規模の回収を目指していた。しかし、EMEAやAmericas市場でののれん減損により、計画通りの利益回収は困難となった。
のれん減損の主な要因としては、以下が挙げられる。
- グローバルクライアントへの過大な期待
- 海外市場での競争激化
- 日本特有の商習慣が海外で通用しなかったこと
- 為替変動による利益圧迫
これらの要因が重なり、当初の利益回収計画は半分程度しか達成できなかったと考えられる。



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